東北旅行 2日目(2/3 閖上・追悼)
今回の旅のきっかけとなったのは、東日本大震災。
観光で賑わすことで、ちょっとでも力になれればと思ってのことでした。
調べているうちに、その魅力に、普通に楽しみになり
旅の大半は、わーい♪と楽しく観光してきたのですが、
海辺で、震災で亡くなった方の冥福と、生き残った方々の幸せを祈りたい
というのも、旅の大きな目的でもありました。

ゆりあげ港朝市は、海のすぐ近くにあるのですが、橋を渡ってもう少し先まで行かれそう。
橋の途中から朝市の方を振り返ると
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向こうに見えるのが朝市です。
手前は、柵の無い橋ではなく・・・地震と津波で壊れてしまったのですね。

工事中で波打ち際までは行かれませんでした。
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宮城ナンバーなどの地元の車が結構止まっていて、釣り道具が積んであるのが見えたり。
針金の柵をすり抜けて、釣りを楽しんでいる人の姿も見えました。
カップルさんで、釣りデート中?みたいな人もいたりして。
そうして、普通に海辺で楽しんでいる人もいるということが、なんだかうれしかったな。

人や車のあまり通らない端っこの方で、ヒットくんと私、それぞれのやり方で
慰霊と応援の気持ちを送ってきました。

朝市のすぐ隣に
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防災倉庫、その隣に津波で壊れた建物、奥の白い柱が慰霊碑
その奥に見えるのが湊神社・富主姫神社です。

ここは笹かま屋さんの佐々直さんの工場の一部だった建物です。
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残してくれているのだろうなと思います。
従業員の皆さんを避難させた社長さんが、逃げ遅れ、ひとり屋上で津波を体験した場所とのこと。
建物の反対側には
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復興桜の看板がありました。
復興を待てず、町から人が出て行ってしまう。
みんなの集まる場所として、津波を耐え抜いた桜から苗を作り、並木を作ろう!
そういう思いの計画です。

やまとを亡くしてから、看取って、火葬して、納骨して
いろんなことで、区切りをつけ前に進んできています。
病気とわかっていてさえ、それはとても大変なのに
突然の災害で、大切な家族や、家や、町を奪われた方々にとっては
どれほどつらく困難なことかと思います。
区切りのつけ方は人それぞれなのだと思うから、いろんなところで
いろんな人が、復興桜のような前に進むための様々な計画を立てることは
素晴らしいなと思います。

慰霊碑の横の石碑には、犠牲者のお名前が刻まれているのですが
あまりの多さに、辛くて直視できなかった。
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今年8月に完成し、白い塔の高さはここへ到達した津波の高さだそうです。

すぐ隣の神社からの景色
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一面、何もありませんが、よくみると壁だったのかな?というようなブロックが見えます。
上の建物は津波で壊れてしまい、撤去されているのですね。
所々、野菜を育てていたり、花を植えていたりしている場所もありました。
たくさんの家や工場が建ち、たくさんの人がにぎやかに暮らしていた場所。
いまはただただ広がっていて、復興はまだ難しいようです。
海も穏やかに凪いでいて、それが壁になって襲ってくるなんて
やっぱりちょっと、実感できない。
被害の様子を、いつまでもそのままとって置くわけにはいかないです。
でも、一部を佐々直さんのように残してくれたり、同じ高さの慰霊碑を作ったり
私たちよりもっともっと後の人たちも、それを見て災害の怖さを想像し
災害への備えを忘れないようにできるよう、様々な工夫をしてゆくのは
とても必要なことですね。

やまとも一緒だったはずのこの旅行。
亡くなってしまった後だから感じることも多かった。
何ができるという訳ではないけれど、ただ、来たかった場所。
ちゃんと、自分なりのお祈りができて、やっぱり来てよかったです。
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[2014/10/12 13:13 ] | 未分類 | コメント(0)
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